自殺って言えなかった
| 「小学三年生の冬休み。部屋のドアを開けたら、父がそこで首を吊って自殺していました。六歳の弟は一週間も寝込んでしまい、私は、黒い無数の虫が襲う夢に何度もうなされて。。。」 「ぼくのせいでお父さんは自殺したんだ!僕がお父さんを殺したんだ!」 「こんなに苦しいのなら、何で父さんは私もあの世に連れて行ってくれなかったのか」 |
自殺者は年間3万人を超え、毎日約30人の自死遺児が生まれている。自殺者を親・夫に持つ子供、夫人は、その凄惨な最後を見る・見ないにしても、それ以後自分にとてつもなく大きな罪悪感を抱く。「なぜ自分が止められなかったのか?なぜサインに気づいてやれなかったのか?」自殺者の多くは死ぬ前に何らかのサインを出すようだ。それを後になって気づき、それ以後の人生を後悔の念と共に過ごすことになる。また、悲しみだけではなく、裏切られたという感情や怒りとしても表出する。突然の親の死に子供達はある時期の記憶を失うことも多い。
一方で社会的に「自殺」となると他人に言うことは困難である。ほとんどの子供が親や親族に「こんなことが知れたら就職やお嫁にもいけないよ」と口止めをされる。これにより子供達は、他の子供達との相違や後ろめたさを感じ、人と接することから離れていく。社会に大きな不信感を抱き、一人で大きな悩みを抱え込み、生きていく。
あしなが育英会という交通事故以外の震災・災害・自死などで親を失った遺児に奨学金や心理サポートなどを行なう非営利団体が存在し、彼らを受け入れている。この団体で行われている「つどい」と呼ばれる合宿で、彼らは、これまで誰にも言えない、誰も理解してもらえず一人で抱えてきた悩みを、同じ経験をした仲間に聞いてもらい共感してもらうことで癒されていく。そして将来彼らは同じ経験をした子供達の話を聞き、共感し癒してあげる、という恩返しの連鎖を実現している。
これは元々、60年代に交通事故死者が2万人を超え、交通遺児の方々が始めた活動であり、それが交通事故以外の理由で親を失った子供達でも同じ傷を負っているはずだ、という動機からどんどん手を広げたものだそうだ。現在は台湾やコロンビアなどの大震災を受けた地域、911のNYやアフガニスタン、エイズのウガンダ等、様々なところへ多額の寄付を行い、同時に遺児同士の交流を行い、活動を世界に広げている。
彼らは、どうやったら自分と同じ傷を負った子供達を助けてやれるか、どうしたらこういった子供達が生まれない社会になるのか、自分の頭を使って考え自分で行動する。
その結果社会に訴えたい、という想いで生まれたのがこの本だそうだ。今の時代、実名を公表するのは非常に勇気のいることだと思う。
本音と建て前、型にはまることを暗に強制する社会、そういった特徴を持つ日本独特の文化が大きく関係してるのかなぁ、と思った。この本は非常に重たかったけど、読んで良かった。

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